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最近聞き始めた、文化系トークラジオLife。
今日アップされた、昨年末の「文化系大忘年会」のpart9のポッドキャスト。この中でパーソナリティのcharlieがヤンデレについて語るくだりがありました。 全体としては興味深く聞いたのですが、まず、charlieが最初からこれをメンヘルやアダルト・チルドレンといった現実の存在に照らし合わせながら、読み手を作品内の主人公の位置に据えて「病んだ彼女とどう付き合うか」という、あくまで倫理的な問題として考えていることに違和感がありました。佐々木敦さん(かな)もちょっと言ってたけど、これはそういう現実の問題とはちょっと違うんじゃないか。ヤンデレ萌えしてる男は、何もメンヘルな彼女がほしいわけではない。なかにはそういう人も、いないとも限らないかもだけど……。 charlieがヤンデレに絡めて現実の恋愛に対する問題提起をしたように、そういうアクチュアルな読み方ももちろん大事だと思います。僕も、そういう読み方ができないものは、やはり作品として二流以下だと思いますし。でも、ヤンデレ萌えは、作品論というよりかはやっぱりキャラ論。もっと象徴的な話なんだと思います。 ってなわけで、ふたたびヤンデレ論です。また長いエントリィになってしまいそうですが、よかったら以前のヤンデレについての考察もご一読ください。 ヤンデルセカイ(そのいち) ヤンデルセカイ(そのに) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これもかなり前からいわれていることですが、「何かに強烈に萌えている存在に萌える」ということがあります。ここでは仮に「萌え萌え」と呼びましょう。 僕の知っている範囲でざっと思い出してみると、『あずまんが大王』の榊さん(猫萌え)。『ひぐらし』のレナ(お持ち帰りぃ)。『らき☆すた』のこなた(まさしく萌え!)。オタク的データベースの深度によってはまだまだいくらでも挙げることができるでしょう。他にも、ただ単に女の子同士がいちゃいちゃしているシーンもオタクは大好き大好きですし、あるいは『マリみて』に代表される百合系作品の人気の背景にも、一部にそういう需要はあるかもしれません。(僕個人は『マリみて』はスルーしちゃってますけど、森永みるく著『くちびる ためいき さくらいろ』は最高でした(笑)) ツンデレもヤンデレもこの「萌え萌え」の系譜に収められると思います。「萌え萌え」を「デレ萌え」と言い換えれば分かりやすくなる。ツンもヤンも、デレを強調するためのファクタに過ぎないとすれば、途端に話は単純になるでしょう。 ツンによって表向き否定しなくてはならないのは、それだけ自分のなかでデレが自覚的に肥大してしまっているからだし、以前も書いたように、ヤンでしまうのはデレそのものを自分の存在理由とそっくり交換してしまったことの代償です。古風な言い方をすれば「悪魔に魂を売った」というところでしょうか。 『ShoolDays』において、ファンの間にどうしてあんなに「誠死ね」コールが吹き上がったかといえば、彼を貶めれば貶めるほど、逆説的に言葉という少女の「それでも誠くんが好きです」という想いがより強烈で純粋なモノへと昇華し、果てには神秘性すら帯びてくる、という道理ではないか。ヤンデレ少女の相手となる少年がほとんどの場合ヘタレとして描かれてしまういうのも、ひとつにはその神秘性に拠る部分が大きいと思います。 もっとも、重要なのはあくまでデレている少女なのであって、その対象が誠だろうが猫だろうが何だって構わないってことですね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若干、余談ですが。 すでにお気付きのことと思いますが、僕はキャラ萌えをほとんどの場合一般によくいわれるような「所有欲」ではなく「なりたい欲」だと考えています。 漫画やアニメの少女に萌えるのは、その娘を彼女にしたい、自分のものにしたい(いわゆる“落としたい”)というより、その少女自身になりたいのです。 それはエロ漫画やギャルゲーでも同じ。詳しい方はよくご存知でしょうが、これらの特にセックス描写において、男が画面外に追いやられていたり顔が描かれていなかったり身体が半透明(笑)だったりすることがとても多い。これは、男性の読み手がそこに自分を置き換えやすいように存在が透明化されているという説が一般的ですが、はたしてそれは正しいでしょうか。 画面上にはただひたすらに感じている女の子の顔や身体が大写しで描かれ、他のものは何も存在しないかのようです。ゲームの場合はキャラクタ視点だとか、漫画の場合は絡みをちゃんと描けるかという技術的な問題だとかっていう側面もあるにはあると思いますが、それを差し引いても、どちらもまず女の子を際立たせるための画面構成であるということは、間違いない。 描き手や読み手が感情移入しているのは、女の子の側なのではないか。そう考えた方がシックリくる気がするのです。 ただ気持ちよくなっている女の子だけがいればそれでい。むしろ男は夾雑物、というより単なる自動快楽発生装置に過ぎなくて、だから女の子を犯すのはもはや特定の一人の男である必要もない。その子により強く持続的な快楽を与えるために、例えばこれが触手になったり輪姦する多数の無名の男になったりする。前段の、「デレの対象が誠だろうが猫だろうが何だって構わない」ということにも通じますね。 これは、むかし『網状言論F改』という本のなかで永山薫氏が書いているのを読んだ瞬間、膝を叩きまくって眼からウロコをボトボト落として以来「自分はこれでいく!」と決めているひとつのポリシィです。 もう一つ考えていただきたいのは、男性向けエロ漫画には、だいたい四半世紀、長めに見積もって半世紀の歴史があるんですけれども、そこで繰り返し描かれてきたのは、結局女の子が気持ち良くなっている画像ばかりなんですね。男は一発出して、はぁーっとか言って終わりなんです(笑)。これで、マッチョな男が性の支配者だなどと言えるでしょうか。結局、女に奉仕している絵柄なんです。そうすると、やっぱり一生懸命頑張っている男になるよりは、気持ちよくなっている女の子になったほうが得だよねという意識がどこかで働いているのではないかと思います。自分の抱いていた萌えの感情が、ここでそのまんま解説されてると思ったんですね。あぁ、そうか、そのとき僕の自己愛の成長は止まったのかもしれない……(汗。 森岡正博の『感じない男』なんかも、論旨としては共通する部分が多いですよね。 女性の方からしたら「そんなに良いもんじゃない」といわれそうですけど、なんてったって女の子は可愛いし、髪伸ばしたりスカート履いたり、何だか色々楽しそう。今現在男としての僕は服装とかには無頓着ですが、もし女の子になったら、絶対おしゃれになりますね。ときどき「俺が女になったら絶対可愛い!」と根拠の不明な主張をする男性もいますけど、大きな声では言わないだけで、実は自分でもそう思っているのです(今の容姿のまま女になるわけではないですよ!)。 ただ、このあと本のなかで永山氏の論はふたなりを経てショタに行き着いてしまうのですが、僕はそっちの方へはまだ行けません。やっぱり女の子がいいです。 エロ漫画のなかで可愛い男の子を描くことは楽しいですけども……その場合も、その男の子になりたいとはあんまり思いません。それよりも、1つ2つ年上のおませな女の子になって、焦らしつつネチネチと攻めて生意気な男の子に可愛い声でおねだりさせたりし(そろそろやめとけ!) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ すみません、ちょっとエロ方向に脱線&暴走しかけました; それでは、大本の問題に立ち返って、そもそもどうしてオタクは「萌え萌え」してしまうのか。それは……まだよく分かりません。 純粋な思慕の情に対する憧憬なのかもしれないし、萌えている姿にオタクとしてのシンパシィを抱いているのかもしれない。 ここで僕が思い出すのは、これも昔からありますが「愛されるより愛したい」というキーワードですね。同名のKinki Kidsの曲で歌われたのは「成長」だと思いますが、これがまた(男性)オタクには厳しい言葉なわけで……。 果たして、男に愛は可能でしょうか。愛するって、いったい何なんでしょうか? 正直、僕はそれが分からない。そのことを考えると不安になって、何だかとても申し訳ない気持ちになります。 最近キンモクの歌の話でも書きましたが、人は愛することで成長できる、「愛」と「成長」はおそらくセットだという、そういうことは何となく分かるのですが、実際はそのどちらも手にしてはいない。愛がないから成長できず、成長しないから愛せない。いつまでも、その堂々巡り。自分のことを男一般に敷衍する暴挙を許してもらえるとするなら……そんな不全感を抱えた私たちの欠落を埋める、いわば信仰の対象としてツンデレやヤンデレはあるのかな……なんてことも思ったり。 っていうか、気付いたら巡り巡って僕もアクチュアルな読み(?)をしてますね(^^; ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ バディ・ホリィの『It's So Easy』へのアンサーソングという形で佐野元春が作った『愛することってむずかしい』という曲があります。バディ・ホリィの詞では、繰り返し<It's so easy to fall in love>と唄われている。恋に落ちるのは簡単だけど、愛することは難しい。まさしくその通りだと思いますね。 イーグルスの『Take It Easy』は……あんなふうに吹っ切れたらステキだなぁ、とは思います(笑。
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さきほどのこと。
デスクトップ(Windows)からLANでMacBookにファイルを渡そうとしたんですが、これがどうしてもうまくいかない。ネットワーク上でお互いの姿が見つけられないのです。 今まで普通に使えていて、何の設定の変更もしていないのに。 ホトホト弱りかけたところで、改めてマックの無線ネットワークをチェックしてみたら………他所のネットワークに接続してました。 おそらくは、近所の家の無線ルータの電波をキャッチしちゃったものと思われる。しばらく気付かずにネットとかメールとかしちゃってたわけで、恥ずかしいページ見てたログとか取られちゃってたらどうしよう(汗。 うちの無線ルータには、ちゃんと登録してあるMACアドレスでしか繋がらないように設定してあるんですが、ご近所のどこかの家は大らかにも開放してくれてるようです。おまけに暗号化のキーも設定していない様子。 もしかしたら、プロバイダ契約せずにこんなふうに電波のタダ乗りでネットしてる人とかもいるかもしれないですね。今やブロードバンドの24時間繋ぎっ放しは当たり前だし、PCだけじゃなくゲーム機やメディアプレイヤもネットに接続しちゃう時代です。繁華街でフリースポットを探すより、住宅街の方が繋がりやすかったりして。 と同時に、FTTHは普及してるし、無線ルータの電波はどんどん強力になる。一家で普通に使ってる分じゃあ帯域が余ってしまう。昔を懐かしむほどの経験もないですが(テレホーダイやISDNは知っています(笑))いや、贅沢な時代になったものだと思います。 でも、そこでひとつ思ったことは―― これからの日本社会の課題として、核家族化やコンビニエンス化や世代間の断絶で空洞化した地域コミュニティをいかに復権させるか、ということがあると思いますが、その代替として電波の共有というものがあってもいいかもしれません。 近所でお金を出し合ってプロバイダ契約・無線ネットワークの設置をして、相互利用・情報のやりとりをしましょう、っていう。 文字通り、リソースの共有ですね。『三丁目の夕日』とかにあるように、その界隈で初めてテレビが来た家や電気屋の店頭にみんながこぞったっていう……そんな風景に通じる部分も……いや、ないか(笑)。 現時点ではプロバイダの契約規定には滅茶苦茶抵触するでしょうが、実はもうこっそりやってるところもあったりして……。 でも、WiMAXのようなものと発想としては同じですよね。いうなれば草の根ラストワンマイル。あぁ、今思い出したけど、スペイン生まれのFonなんかがまさにそれですね。これの、更にもっとローカルでアナーキィな方法。 今後問われてくるのは、そういった利用に対して国や企業がどういうスタンスを取るか、ということかもしれません。まぁ、寛大にいきましょうや、というのは難しいかなぁ、やっぱり。 それとはまた違うけど、学校裏サイトやプロフとかの話を聞くにつけ、国も地域も関係ないインターネットの上で、子どもたちはなんでそんなに局所的なコミュニケーションばかりしているんだろうと訝しんだりもしましたが、それが生まれた頃からネットという環境がある彼らの「ローカル」なのかもしれないな、と。 今後そういう流れに逆らい得ないとするなら、これからはいかにネットワーク上にローカルなコミュニティを構築するかっていうことを、より実効的・建設的に考えていく必要があるでしょうね。 と、ミクシィもやったことない僕も思いますよ……。 昨日知って、とてもショックを受けました。 キンモクセイが、今月のツアーをもって活動を休止するそうです。 正直なところ「あぁ、ついに来るべきときが来たか」という気も、少ししています。曲やバンドのパフォーマンスは文句なく素晴らしいと思いますが、いかんせん売れてなかったですしね……(涙。 この間のベストアルバムの発売も、そういう経緯があってのことだったんだなぁ。 バンドのメンバーは今後もそれぞれに音楽活動は続けていくようですし、とりあえず今は「解散」ではなく「休止」である、ということを信じたい気持ちですが……単純に、これからしばらくはキンモクの新譜が聴けないということが、もうひたすらに悲しいです。 今は、最初のショックが和らいで、だんだんと悲しみが深くなっていってる感じ。「二人のアカボシ」「同じ空の下で」「日曜日の夜」、アルバム「風の子でいたいね」「NICE BEAT」……キンモクを聴いてきた数年のことが走馬灯のように駆け巡ります。涙は出ないけど、こんな空虚感を感じることは、ここしばらくなかったよ。 とても悲しいけど、今ハッキリと思うのは、キンモクを聴いてきてよかったということ。これからもずっと聴いていきたいということです(今は悲しすぎて、ちょっと聴く気になれないけど)。こんなタイミングで言いたくないけど、ありがとう、キンモクセイ。 いつまでも大好きなバンドです。活動再開を心待ちにしています。
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お正月ということで。
昨日ちょっとそこまでお出かけして、その場所で富士山がとても綺麗だったのでデジカメに収めました。 左上に見える小さな黄色い点は凧です。この写真には写ってないけど、他にも沢山の凧が揚がってました。 凧揚げなんて久しぶりに見た気がします。自分でも揚げたくなります。スポーツカイト、面白いですよね。 |
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