![]() 仕事の合間に、食後の散歩を名目に近所の桜を見に行きました。早くも散り始めている樹もあるものの、概ね八分咲きといったところ。 今年の桜はこれっきりかなぁ。もう一回くらい、もっと盛大な所に見に行けたらいいなぁ。暖かい夜に夜桜もいいなぁ。 |
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友達のフルーチェから、とても嬉しい写メが届きました。
本職の話はここではあんまりしてないんですが(憚られるというより、書くべきことがあまりない)、来月に僕の初めての単行本が発売になります。 明け方、携帯に立て続けに飛び込んできた四件のメール。 ![]() ![]() ![]() ![]() エロリコミックをオタク買いしても社会倫理は遵守なレイラさん。 いやー、素晴らしい。素晴らしいなぁ。素晴らしいよ。 そうか、レイラさんは買えるけどそらはまだ買えないんだ(アニメ最終回時年齢?)。 だがしかし、この本に出てくる主な登場人物たちもまたこの本を買えないという矛盾が発生する可能性も、量子力学的にはありえないこととはいえない、とは滅多にいうもんではない。 フルーチェ、ありがとね。 |
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今日も、近所のローソンへ。コピーをとりにいきました。
ついでに買い物もして、レジにて会計。 今日の合計は、ラッキィセブンでした。 ![]() わ、わざとじゃないのよ! に、2本のチオビタがいかにもわざとらしいけど、でも、でも絶対わざとじゃないんだからねっ!?
何がすごいって、フライドチキンはただ今キャンペーン中で20円引きなのですよ。いやー、偶然って面白いですねぇ。 最初にもいったけど、今日はコピーをとりにいったのです。22枚コピーしたから、220円。ついでに募金箱に1円玉3枚投入して、本日も見事1000円きっかりに収めました、とさ。 これはわざとですけど。 |
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また間が開いてしまいました。
本当はブログに書きたいことがアレヤコレヤあるんだけど、なかなか余裕が取れません。一度書き始めると、ついダラダラと長くなっちゃうしなぁ。漫画もブログもその他のこともテキパキスラスラと進められるようになりたいのだ。 漫画のほうも、いちおうこれが本職なのですが(今年は自信をもってこう言い切れるようになろう)今年の初めからわりとみっちりと大変な日々が続いています。(バリバリ描かれてる作家さんからしたら笑われてしまいそうな仕事量ですが)それも今月いっぱいで一段落する見込み。もうひと踏ん張り頑張ろう。 てな感じででここ最近それなりに頑張っていますが、机に張り付きながら遊ばせられるのは耳くらいなもの、というわけなのかはたまたストレスからか、しょっちゅうアマゾンでCDをポチッとやってしまっては[レジに進む]を思いとどまって[今は買わない]をクリックする毎日です。結果膨れてゆくカート。そういえば最近、ほしい物リスト(旧:ウィッシュリスト)から個人情報が漏れてしまって大わらわという事態があったけど、その騒ぎって収束したのかしら。かくいう僕も以前からウィッシュリストは利用していて、騒ぎを知って非公開(念為)にする前にひょっとしたら誰かしら覗いたかもしれませんけど、個人的にあんまりダメージはないです。仮に、リストにエロ漫画やローティーンアイドルのDVDが入ってたとしても、それが何だっていうんだ! でも、アマゾンのいう方針(ウィッシュリストは原則公開で、本来の使用目的は自分の欲しいものを知人にプレゼントしてもらうため)っていうのも、そういう使い方をしてる日本人が果たしてどれだけいるのかってのも疑問だし、どうせなら改めてもらいたいですね。メールアドレスから本名や住所まで割れる可能性があるなんて、昨今意識が高まるネット上のセキュリティとも大いに矛盾すると思うし。 前置きのつもりがいっこうに本題に繋がらなくてだんだん焦り始めています。 最近CDをよく買ってしまうという話でしたが(あれ、買いたいけどガマンしてるって話だったっけ? まぁ、どっちでもいいや)、今日はその中の一枚。 『THE BLACK MAGESIII Darkness and Starlight』 ゲームFINAL FANTASYのバトルテーマをハードロック調にアレンジしたアルバムの第3弾です。 当方、1作目からこちらのファンでして、2作目のThe Skies Aboveからだいぶ間が空きましたが、こうして新作がリリースされてとても嬉いです。今後も出来るだけ続けていって欲しいですね。とはいえ、過去の曲のアレンジというわけで、レパートリィはどんどん埋まっていくわけで、続けていくのはやっぱり厳しいのかな。でも、バトルテーマ以外にもロックアレンジが映える曲はいろいろあるでしょうし、バトルテーマでもまだまだ取り上げてない曲もある。いっそ植松さん以外の曲でも、例えばサガシリーズのバトルテーマなんかもThe Black Magesバージョンで聴いてみたい。とにかく、しぶとく続けていって欲しいですね。 今回のアルバムは、1作目の衝撃と感動と比べてしまうと、正直物足りない感はあります。アレンジもそれほど思い切ったものはなく、全体的にパワー不足な感じ。プログラムにその名前を見つけて狂喜したVの“最後の闘い”やVIIIの“The Extreme”も……なんていうか、もっとこう……熱くさせて欲しかった。“The Extreme”やIXの“最後の闘い”はどちらもゲームオリジナルに近いイントロ部からロック調へと移るんだけど、そのブレイクが盛り上がりを断つような感じになっちゃってて残念。VIIIの“Premonition”も大好きな曲だけど、どちらかというとこれはオーケストラで聴きたかった。IIIの“最後の死闘”は……やっぱりDS版IIIのOSTに収録されてたのと同じものか。タイトルが違うからもしや、と期待したけど。IXの“銀竜戦”は悪くないけど、これはオリジナルがとにかく素晴らしかったからなぁ。それと比べてどうかって訊かれると、実際悩んでしまう。最近の作品ほどハードの性能が上がってゲームメディアの容量もリッチになって、ゲームの曲それ自体の完成度が高まってしまっているので、それをアレンジする難しさってこともあるのかも。 とまぁ、色々と不満を並べてみたけど、でもギュンギュンのエレキギターや張りのある元気なドラムはやっぱり気持ちいいし、アレンジアルバムとして悪い出来ではないし、買ってよかったと思います。逆にしっとりとした演奏のXIの“Distant Worlds”やVIIの“牧場の少年”も非常に心地良いです。(ところでどなたかご存知の方、KEITENってなんですか?) 僕のFF経験はIXどまりなので、“Distant Worlds”は初めて聴く曲だったけど、僕の知る植松テイストとちょっと違うな、と思いました。なんか、川井憲次の曲みたいだな、とか思ったり。川井憲次といえば、その昔『JINKI:EXTEND』というアニメで、大好きだった『ブルーシード』のBGMがそのまんま流用されていてポカーンとなったことを思い出します。今年は彼が音楽を務める『スカイ・クロラ』も公開されますね。楽しみ楽しみ。っていうか今年は観なきゃいけない映画多すぎ。っていうかっていうか、また話ズレてるし。 THE BLACK MAGESIII Darkness and Starlightの感想(とそれ以外のコト)をつらつらと書いてきましたが、聴いた方はお気付きのとおり、このアルバムのハイライトともいえるあの曲について一切触れていません。これがまた、とにかくすごい。いろんな意味で。 それについては、また明日……書けるか分からないけど、近いうちに。
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今日の昼、ご飯と夜のおやつを買いにコンビニまで。
そこでたまたま手に取ったものをレジまで持ってくと、なんと会計がピッタリ1,000円でした! 店員さんも、ちょっと驚いてました。 学生時代に、ドリンクとごはん数点で777円ってのはときどき出してましたけど、これは初めてですねー。 ![]() 内訳は、
となっております。 |
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宇多田ヒカルの新アルバムはCDと配信用で異なるマスターを使用
インプレスAV Watchの記事より。 なるほど。 これ以前にも、iTunesに楽曲を提供するにあたって専用のチューニングをしてるアーティストとかもいたんじゃないかなとも思うけど、それをCDとともに世界的なマスタリングエンジニアにオファーするって部分が特筆されるとこなのかな。 でも、それよりなにより驚いたのが、 > こうした試みの背景には、アルバムにも収録される「Flavor Of Life」が、シングル発売時に750万ダウンロード、CD出荷が70万枚という販売状況となり、音楽を楽しむスタイルの多様化が顕著になってきたことがある。 という部分。 DL販売・着うたに押されてCDが売れない、という話はもうずいぶん前から聞いていますが、まさかこれほどの差があるとは。単純に比較して10倍以上の差ですもんね。これを見ると、音楽を買うという行為自体は敷居が下がってるともいえるなー……。でもそこにあまり豊かさを感じられない気がするのは、僕が古いタイプの人間だからなのか。 ユーザがそれを楽しむ環境に合わせてコンテンツのチューニングを惜しまないっていうことは、プロのアーティストとして、企業として顧客満足度の向上のためにも当然のことだと思います。 でもこうなると、僕のようなリッピング派はちょっと困ってしまいますね……。(ウタダは聴かないので今のところは問題ないですが) ライブの演奏 アナログ デジタル(解像度a) デジタル(解像度b) …… デジタル(解像度x) の、あなたはどこに“音楽”の臨界点をおきますか。 |
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イージス艦と漁船の事故のその後の顛末を見ていると、本当にこの国は先進国なのかという気がしてきます。国民の多くが政府や自衛隊のことを信用してないのに、そういう人達が仕切る島に暮らしている現実。その脆弱さは考えるだに薄ら寒いことこの上ない。
為政者たちの極私的な「きみとぼく」観に左右される国。これこそセカイ系といわずになんといおうか。 ヤンデレキャンペーン続行中、というわけではないですが、このキーワードで最近知った、入間一間著『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』を読みました。べつに、ヤンデレに関するものをことごとく漁っているというわけでもない(ヤンデレ大全もヤンデレCDもスルーしてるし)んですが、何となく興味が湧きまして。以前Lifeでちょっと取り上げられたっていうのも少しあります。左氏による表紙のイラストにも心惹かれるものがありました(そこは物語の内容には関係ないけどね)。 本について書くというわけで、当然ネタばれを避けることは出来ないでしょうから、そこんとこはご了承いただくか、このエントリィをすっ飛ばすか、どちらかにしていただくということで、ひとつ。 んで感想なんですが、とにかく読むのが大変でした(^^;)。とにかくひねくれた言い回しが多い、というより全編そんな調子なので、滑らかに文章を追うことも一苦労。それと、多くの人が感じるであろうことですが、僕もまず感じたのは西尾維新の戯言シリーズとの類似性ですね。文体からキャラクタから、そっくりです。とはいえ、これをパクリと揶揄する気は全然ありません。キャラ小説のひとりのパイオニアとしての西尾維新の功績は疑いようがないと思うし、影響を与える/受けることを否定してはそもそも表現活動というものは成り立ちませんから。 それにしても、ある表現のフォロアってのは必ずといっていいほどその表現を過激・濃密にさせる方向に行きがちっていうのは、いったいどうしてなんでしょうね。その逆のシンプル・ソリッドを志向するフォロアっていうのは、あんまりいない気が。あ、そういうのは「中途半端」とか「成り損ない」とかいわれるからか。そっちの方向への進化はオリジナルにのみ許されたもの、なのかな。 内容はというと、なかなかだったと思います。というか、最初はミステリィだということも知らずに読み始めたので、まずそこでちょっと驚き。ミステリィとしてみると「僕がみーくんであること」の理由が物語の根幹に繋がっているという所が秀逸だと思いました。今後の展開としては、「僕」が徹底的に忌避しタブーとしている××の扱いを如何としていくのか、という点が注目ですね。それは僕自身にとっても非常に身につまされまくる問題でもあるので……。 でも、この「まーちゃん」は、ヤンデレとはちょっと違うかなー、と思いました。ヤンデレというよりは、メンヘルですね。ちなみにメンヘルとはメンタル・ヘルスの略で、つまりは精神疾患のことです。それってヤンデレとどう違うのか? 現象としては同じなんですけど、問題はその意味。それと、消費のされ方です。 以前にも「ヤンデレ萌えしている男は、なにもメンヘルな彼女がほしいわけではない」と書きました。あくまで自分の中の定義ですけど、厳密にはヤンデレとメンヘルは別けときたいのです。その根拠は簡単にいってしまえば、トラウマの有無ということです。そのヤミに、病因となる心的外傷があるっていうことは、つまりものの道理に適っているわけで、そこに理不尽さはありません。そうなると、ヤンデレというものが発する神秘性ってのが濁ってしまうように思えるのです。やっぱり、理不尽なまでの恋慕、理解不能な愛情に戦慄し畏怖したいじゃないですか(笑)。これはちょっと違うかもだけど、例えばメイドもので「親の借金の形に売られてきました」というパターンが一番陳腐だ、ということとも似ています。その陳腐さがいいのだっていう場合も、もちろんありますけども。 まーちゃんが好きで大好きで××しているのは、「僕」ではなく「みーくん」です。この一点をとっても、彼女はヤンデレとしての条件を絶対的に欠いています。 まぁ、他の作品でもヤンデレキャラにその原因となるトラウマが設定されている場合ってのはけっこうあると思う(というかそれが普通?)し、そこに拘りすぎるとヤンデレを楽しめなくなってしまうとも思うので、これはホドホドに心の隅に留めて置くだけの原理主義です。でもこういう原理主義ってのも大切で、これがないことにはメタフィジカルな思考は出来ないのです。 トラウマ=理由の欠如により逆説的に存在感が強化されるという点では、かつて斎藤先生が論じた「戦闘美少女」とも共通する部分が見つかりますね。それで思い出したんですが、『舞-HiME』というアニメは戦闘美少女ものでもありますが、同時に彼女らは明らかにヤンデレです。 恋=戦い=自分の存在理由。 この理不尽な短絡が放つ魅力の意味を考えてみると、何かが見えてきそうな気が。
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